ryunahi’s blog

子育てや日常雑記などなど

こんな映画が観たい

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明けましておめでとうございます。毎月1日は映画の日でお得な料金で観れる日なので映画のお話を致します、ryunahiです。

タイトル通りにこんな映画を観たい、思いを書きたいと思います。

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イラストACより

 

某大国が良く作る映画の様な善と悪が、はっきりしており苦労して善が悪に勝つ的な映画は観ていて楽ちんなんです。

楽ちんな映画は特に考えずに、その場のシーンに没頭する事ができます。(例えば迫力あるシーンや恐怖シーン)ですが、そんな映画ばかりだと私は飽きてしまうのです。

飽きてしまうので、以前より頭の中で ”こんな映画を観たい” を空想してしまうのです。

空想してしまう内容、それは

善と悪が、はっきりとしない映画なんです。冒頭では善悪が、はっきりしていても良いのですが悪には悪の事情が有り、善には隠された秘密が有ったりして ”はたして本当に善なの?” 映画を観終わった時に観ていた観衆が、冒頭で善悪だと思って観ていた設定が最後には善悪が逆転していたり、もしくは悪を必要悪的に擁護してしまう。エンドロールが流れ始めた頃には、一緒に観に行った恋人や友人に ”善悪はどっち!” を話したくてウズウズしてしまう映画。こんな映画のストーリーを想像してしまいます。

 

この映画が、理想に近いと思ったのですが、、、

www.bd-dvd.sonypictures.jp

映画紹介で読んだ記事では、上記の空想してしまう映画の内容でしたが、実際は、、、、後半になるにつれて、目の見えないお爺さんの狂気を全面に出し過ぎて面白く無い、気持ち悪いだけです。娘との思い出をもっと出せば感情移入できたのに、、

 

 では、想像してみましょう

主人公は、民族学者とします。現在の研究対象は滅んでしまった二つの種族を調査中です。

片方の種族をA族、もうひとつの種族をB族とします。

まず、民族学者はA族の廃墟村を調べます。A族の廃墟村にはB族を滅する為の武器や罠や作戦書などが見つかります。より効率よくB族を滅する為に、、、でも、殺戮対象のB族を敬う祭壇も発見します。またA族には、B族が滅びない程度の殺戮を調整するルールなども発見してます。

民族学者が資料より、A族によるB族への殺戮を推測するシーンを流します。圧倒的な武力で、、、逃げ惑うB族を映します。

次に民族学者はB族の廃墟村を訪れ調査します。B族からの殺戮を受け入れてしまう文献などを発見します。

困惑する民族学者、調査結果より長い間二つの民族は殺戮対象を敬い、殺戮を受け入れてしまう掟がある、民族だと結論ずける。

なぜ、双方が滅びてしまったのか?民族学者が発見した個人の手記より互いの民族の中には掟に疑問を持つ若者が出て、掟に刃向う者が出始めます。

しかし、 A族がB族を滅する行動自体が実は双方の生き残る道だった。

核となる殺戮する理由や殺戮を受け入れてしまう理由は、はっきりと設定出来ないのですが、B族が増えすぎてしまうとB族にとっても不利益な環境が生れてしまう。A族は、しかたなくB族を殺戮してしまう。

観客の意識誘導、そして混乱

映画開始ではA族の圧倒的な殺戮でB族を滅しますが映画中盤ではA族は、しかたなく殺戮して罪悪感に苛まされてる事が解る。またB族も自己が増えすぎると自己の民族や周りの民族にも悪影響を与えてしまうのでA族の殺戮も受け入れてしまう。

こんな感じで、悪者の行動理由が解ると観ている者が悪者を擁護してしまいそうになってしまう。善と悪がコロコロ入れ替わってしまう映画が観たいです。

どなたか、最後には悪者を擁護してしまいそうになる映画を知ってましたら教えて欲しい率、90%

おわり